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命の成り立ちを知ろう
私たちはどのように生まれ、成長するのか?
私たちの身体がどのようになっているかを知るために、先ずわれわれはどのように生まれ成長していくのかその過程を理解しましょう。私たちの生命(身体)は親から引き継ぎ、そして私たちの子どもに引き継がれます。このような命のつながりは他の生物でも基本的には同じです。
今回は私たちヒトの生命の誕生から身体ができるまでを少詳しく見ていきたいと思います。
1.親から子どもに命が引き継がれるのは植物も同じです
図1は西瓜(スイカ)の実の生(な)り方を示しています。
スイカはミツバチなどによる雄(お)しべと雌しべの「受粉(じゅふん)」によって実が生ります。
図1
2.受精
動物の身体は植物の雄しべと雌しべに当たる卵子と精子が受精してできる「受精卵」という一個の細胞が基になっています。私たちヒトの身体はこの受精卵が分裂して生じる、合計37兆個の様々な種類の細胞からできています。図2は卵子と精子および受精卵を示しています。それぞれの大きさを比べて下さい。
図2
こうして見ると卵子と精子の大きさが大分違うことに気づきます。やがて育つ生命の重要な構造は卵子に存在すると言えます。精子はDNAだけを卵子に注入し、受精を達成しているのです。
3.卵子の成熟
卵細胞は卵巣で生まれ成熟し,成熟しきると卵巣から腹腔へ飛び出します。それを排卵といいます。卵の成熟から排卵はホルモンの影響下で生じます。
図3
図3はヒトの卵子の成熟の模様を示しています。図3左の右側にある丸い細胞は最も未熟な卵細胞(原始卵胞)。図3右上の矢印が成熟した卵細胞(第二次卵胞)です。その下は試験管に取り出した卵子(成熟した卵細胞)です。卵子の周りには透明帯と呼ばれているゼリー状の層が観られます。
原始卵細胞から成熟卵細胞(卵子)に成るまでに約1年かかります。発生初期では卵巣内には約80万個の原始卵細胞の数がありますが、誕生してきたときには30万個程度に減っています。また、生涯にわたって排卵する卵子の数は平均400個程度といわれています。つまり卵子は数に限りがあり、女性が成熟するに従い良質な卵子が排卵されることになります。因みに精細胞は未熟な精祖(せいそ)細胞から2ヶ月で成熟し精子になります。卵子のように数に限りはありません。因みに一回の射精(しゃせい)で1〜3億個が排出されます。
4.受精→卵割→着床
受精は母親の卵管の一番端(卵管采、らんかんさい)周辺で起きます。ヒトの場合、卵子に3億個前後の精子が向かいますが、受精に与(あずか)るのはただ一個の精子です。受精卵は細胞分裂(卵割という)を繰り返しながら卵管をさかのぼり子宮の壁に到達します(着床(ちゃくしょう)、受精後7〜10日)(図4)。
図4
図5 は卵管で起きているヒトの卵割を試験管内で再現させた模様を示しています。桑実胚(そうじつはい)になると一個一個の細胞がはっきりしなくなります。
図5 ヒト受精卵の実際の卵割(試験管内で再現)
[参考]
参考までにマウスの卵子と精子および受精卵を下図に示します。マウスの卵子と精子でもこれだけ大きさが違います。受精の際には通常一個の精子のみが卵子内に侵入し受精に与(あずか)ります。つまり一旦(いったん)、一つの精子が入ると他の精子は侵入できません。これはヒトで同じです。受精卵の形はヒトもマウスもあまり変わりません。雌性前核(しせいぜんかく)は卵子由来の核(母親のDNAを持つ)、雄性前核(ゆうせいぜんかく)は精子由来の核(父親のDNAを持つ)です。それがやがて合体して一つの核となり受精卵は細胞分裂(卵割(らんかつ))を始めます。卵 子はマウスでも胚盤胞(はいばんほう)になると子宮壁に着床し、ヒトと同じように個体の形成が始まるのです(因みに卵子は受精して始めて第二減数分裂が始まり2つに分かれ、片方が雌性前核、もう片方が第二極体(だいにきょくたい)になり、後者は消失する)。
参考図
5.個体の成立
子宮の壁に着床した受精卵は分裂を繰り返し、個体のはじめと言われている胚盤胞(はいばんほう)に発育します。胚盤胞内はやがて三胚葉に分かれ個体として成立する内細胞塊(ないさいぼうかい)とそれを栄養する卵黄嚢(らんおうのう)および保護する羊膜成分から成り立っています。図6が胚盤胞のイラストです。
図6
内細胞塊は内胚葉、中胚葉、外胚葉に分かれ、各々臓器(器官)を形成します。
各胚葉から分化する臓器(器官)は以下の通りです(図7)。
図7
☆ここまでのまとめ
今までの発生過程をまとめると図8のようになります。
図8
私たちの身体は受精卵という一個の細胞から細胞分裂によって37兆個の細胞に分かれます。その過程で後ほど述べる遺伝子の働きによって260種類の細胞に分化して臓器となり個体が成立します。分化(differentiation)という術語は大変大事な言葉です。分化とは他との区別という意味です。つまり、受精卵という未分化(undifferentiation)な細胞から遺伝子の働きによって一定に分化した細胞(神経細胞、骨細胞など)に変化してことを意味しています。
参考)ヒトの受精から臓器が形成されるまでを分かりやすく説明した動画を紹介しておきます。
受精:https://www.youtube.com/watch?v=AlVNg3UgIyE
胚盤胞まで: https://www.youtube.com/watch?v=__E9hgF_gNg
受精から臓器形成: https://www.youtube.com/watch?v=-rwqg58sxWU
6.私たちの身体の最小単位は細胞です
私たちの身体の最小単位は細胞です。生命体の最小単位は細胞であると言い換えことができます。細胞を顕微鏡で見てみましょう。
図9はヒトの肝臓(かんぞう)の細胞を光学顕(けん)微(び)鏡(きょう)でみたものです。赤く染まっているのが細胞質、紫色に染っているのが核(かく)(矢印)です。
図9
図10
同じヒトの肝細胞1個を電子顕微鏡で詳しくみたものが図10です。
(N:核、倍率10,000倍です)。
光学顕微鏡でみると細胞質は一様に見えますが、電子顕微鏡では細胞質には様々な構造が含まれているのが分かります。
その構造を分かりやすくイラストにしました(図11)
図11
先ず細胞は脂質から出来ている二重膜で囲まれています(細胞膜)。細胞膜は非常に重要で細胞の形を保持するとともに外界と細胞内の境界として、細胞内の環境を一定にする機能を持っています。具体的には細胞内の電解質のバランスを保つためにATPというエネルギーを使って、Kイオンを細胞内に取り込み、Naイオンを細胞外にくみ出しています。細胞内に余分なNa イオンが多くなると、水が外から入ってきて細胞が死んでしまうからです。また、細胞膜は細胞間の情報を伝達する機能も持っています。細胞内で最も大きいのは核です。核内には後で述べる遺伝情報が含まれています。その他、光学顕微鏡では分からなかった様々な構造がみられます。細胞が生きていくために酸素を取り込んで、必要なエネルギーを作るミトコンドリア。糖、脂肪、蛋白を合成し、濃縮するリボゾームや小胞体そしてゴルジ装置。細胞の中で溜まってしまった老廃物を消化し処理する働きをするリソゾームなどです。このような構造を細胞内小器官(Organella)といいます。細胞の中の小さな工場というような意味です。
7.私たちの身体を構成する細胞の種類
ヒトの細胞の種類は260種類です。代表的な細胞を以下(図12,13)に示します。
図12
上段左の縦縞のある細胞は骨格筋です。縦縞が伸び縮みすることによって筋肉の収縮と弛緩が生じます。上段右の細胞は神経細胞で長い突起を出してお互いがつながり、神経ネットワークを形成します。このネットワークが複雑に連携して記憶や認知を司ります。下段の細胞はどちらも先端に細かい突起がありますが、機能は左右で全く異なっています。右は気管支上皮細胞で細かい突起は線毛と呼ばれるもので、これが一定の方向に動くことで空気を吸うことによって体内に入った細菌や異物を外に出します。右は小腸の上皮細胞です。細胞先端の細かい突起で食物から栄養、特に蛋白質をアミノ酸に分解する機能を持っています。小腸でアミノ酸に分解されると肝臓に運ばれ蛋白質に合成されます。即ち、われわれは外界から(外来の)蛋白質を取り込んで分解し自己(に特有な)蛋白質に合成し直すのです。
図13
上段の2個の細胞はどちらも色素を持っています。右は皮膚の表皮細胞で中に茶色に見えるメラニン色素を含んでいます。日本人は白人に比べてメラニン色素が多いので皮膚がより黄色に見えるのです。一方、右の細胞はもっと黒いですが、これは眼球の色素上皮細胞です。網膜の外層にあって網膜細胞(視細胞)の保護をします。このように細胞にはそれぞれ異なった形や働きがあるのです。
細胞の詳しい説明は「細胞の不思議その1,その2」を参照して下さい
8.細胞から組織、臓器(ぞうき)(器官), 個体の成立
われわれの身体の最小単位は細胞(cell)ですが、同じ種類の細胞が集まって組織(tissue)になり、異なった組織が集合して一定の機能を持つ器官(臓器、organ)になり、同じ機能を持つ器官が集まって系(system)となり、異なった機能を持つ系が集まって個体が成立するのです(図14)。
図14
9.親から子に伝わる情報を遺伝(いでん)情報(ゲノム、DNA)といいます
遺伝情報は母親と父親から受け取ったDNA(デオキシリボ核酸, Deoxyribonucleic acid)から成り立っています。
つまり、親から受け継いだ生命のつながりは遺伝情報(DNA)によって行われます。細胞の核には個人の全ての遺伝情報(ゲノム)が含まれています。このゲノムは一卵性双生児以外は各自全て異なっています。DNAは核の染色体の中に存在します。染色体とはDNAがタンパク質に巻きついた糸のようなものです。遺伝子情報であるDNA(ゲノム)は2重らせん構造でできており、以下の4個の塩(えん)基(き)で示されます。A:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシン
10.DNAの性格
DNAはどのような性格を持っているのでしょう? DNAの性格を図15にまとめておきました。
図15
特記すべきことはDNAが変異するという性格を持っていることです。地球に生命が生まれたのが 35〜40億年前と言われています。最初の生命は単細胞で核のないDNAがむき出しになっている原核生物です。それがバクテリアのような単細胞であるが核を持った原核生物が現れるのが20億年前で、そこまで15〜20億年ほどもかかっています。多細胞生物が生まれたのは10〜15億年前です。細胞が分裂するときはDNAが2倍になり、それぞれの細胞に再配分されます。その時に変異が起きます。変異を来した細胞(個体)は各々新たな特性を持つようになり、その内の環境に適合したものが生き残ります。つまり変異はあくまでもランダムであり、環境に適した個体が生き残る、それを進化というのです。このような過程を経て、原始的な生物からわれわれのような高等生物が進化したのです。一方、DNAの変異は様々な病気の原因にも成ります。その代表的なものが「がん」です。地球上の生物の進化・多様性が生じる一方、変異することによって病気が発生し生物は死滅していきます。それらも含めて生物のダイナミズムはDNAの変異することによって生まれているのです。最近ではDNAを人工的に変えて「都合の良い」産物を作ることもできるようになっています。将来的には病気の遺伝子を変えて治療することもできるようになるでしょう。ヒトのDNAを変えるような技術が出来ると、様々な倫理的な問題も生じるので、規制を行う取り決めが必要になります。
11.DNAはどこに存在する?
では、DNA(ゲノム)はどこに存在しているのでしょう?(Fig16)
DNAはFig1で示すように細胞の染色体に存在します。染色体は細胞分裂の時に明瞭に見られます。DNAの一部が遺伝子として読まれ機能します(図16)。
図16
12.遺伝子であるDNAはRNA→アミノ酸に翻訳され,さらにアミノ酸からよタンパク質が合成され機能する (遺伝子の発現)
ゲノムの一部が遺伝子で、それにスイッチが入るとRNAに転写され、細胞質でアミノ酸→タンパク質に合成されます(図17)。この過程を「遺伝子の発現(gene expression)」と言います。このような過程はセントラルドグマと呼ばれていて自然科学では最も重要な概念です。どの時期にどの遺伝子が発現するかを決めるのも遺伝子の役割です。それが上手くいかないと臓器の欠損などの異常が起きます。
図17 遺伝子発現
13,1個の受精卵からどのようにして260種類の細胞に分化していくのでしょう
われわれは一個の受精卵から細胞分裂によって増殖し、37兆個の細胞によって個体として成立し、その37兆個の細胞は形と機能により260種類の細胞に仕分けられる(分化する)という話をしてきました(7の項を参照)。では、260種類の細胞はどのような仕組みでそれぞれ分化していくのでしょう。それは10,11の項で述べたDNA(この場合は遺伝子)という設計図に則って行われます。その際、各細胞は別々の設計図(DNA)を持って分化するのではありません。われわれの身体を構成する全ての細胞は受精卵と同一の設計図を持っています。それでは、何故それぞれ異なった形や働きを持つ細胞になるのでしょう?それは分化する過程で、それぞれの細胞が設計図の特有な部分(遺伝子)を使うことによります。心筋になる細胞は設計図の内、心筋細胞に成るための遺伝子を使う、肝細胞は肝細胞になる遺伝子を使うという具合です。すなわち、受精卵から細胞が分化していく過程で異なった遺伝子が発現して夫々特有な細胞に成熟していくのです(図18)。発生の過程でどの時期にどの遺伝子を発現するのかは極めて精緻なプログラムで決まっています。そのプログラムに沿って発現を促すのも遺伝子で、その遺伝子は転写因子と呼ばれています。転写因子がどの時期にどのような仕組みで必要な遺伝子を発現させていくのか未だ不明な点が少なくありません。
図18
14.生命として活動するには
このようにして私たちの身体は親からの情報を基に出来上がりますが、それぞれの器官(臓器)が部品として存在するだけでは個体として活動することはできません。つまり、それぞれの臓器の機能が調整され、一つとなって働かなければ日常的に生活することはできません(図19)。例えば食事をして胃腸が動き、必要な消化液、消化酵素が働いて食べたものを消化吸収して、エネルギーに変えること。走るときに心臓が早く強く動いたり、必要な筋肉が素早く動いたりすること。このように生命活動を行うために臓器間の調整ができて始めて生活ができるのです。その重要な調整を行うのが神経(特に自律神経)やホルモンです。
図19
神経やホルモンがどのようなメカニズムで各器官の働きを調整して生命現象を営むのか、その詳しい話は別の機会にしたいと思います。