私たちの身体の不思議
人の脳の不思議 人の脳の構造と機能その2
その1に続いて脳の機能と構造について話をします。
ヒトが人たる所以は他の動物にはない大脳皮質の発達です。
図1にヒトの大脳皮質の簡単な図を載せました。大脳辺縁系(黒で囲んだ部)という動物に共通したいわゆる本能(生命の維持、情動)をカバーするように大脳皮質が発達しています。
その1で話をしたように大脳皮質は連合野によってそれぞれ分担する高次機能が営まれます。
ヒトの連合野は以下の図2です
連合野はヒト脳の、実に75%を占め、前頭連合野、頭頂連合野、側頭連合野に分かれています。
前頭連合野では知識、判断、行動、人格
側頭連合野では視覚刺激に基づく記憶
頭頂連合野では自分がどのような空間的位置にあるのか、
をそれぞれ認識する機能をもっています。そして、それぞれの機能が統合され、人独特の認知行動が生み出されるのです。
では、そのような連合野のもう少し細かい機能はどのようになっているのでしょう?
1.ブロードマンの機能図
現代の脳科学の基礎である脳の機能とその局在はブロードマン(K. Broadmann)が描いた脳地図が基礎になっています。ブロードマンは大脳皮質組織の神経細胞を染色して可視化し、組織構造が均一である部分をひとまとまりと区分して1から52までの番号をふっています。
その機能別に色を塗ったの図3です。実に細かく機能が場所によって分かれているのが分かります。
2.脳の機能はどのようにして調べられるのでしょう?
(1)古典的な方法での機能局在
Broadmannの脳地図は組織学的に神経細胞の数や層構造から区分されたものです。一方、脳の機能の局在を明らかしようとする試みは19世紀から盛んに行われてきました。その端緒となったのはブローカの言語中枢です。1861年に彼がいた病院に運動機能や知恵は正常なのに言葉が喋れない患者が訪れてきて、結局亡くなりました。ブローカはその患者の解剖をして、下前頭回に脳梗塞を見つけました。それが後にいう運動言語中枢であるブローカの中枢です(図4)。
20世紀になると脳外科医であったペンフィールドがてんかんの手術に伴い、局所麻酔の効果を確かめるために患者の脳を電極で刺激して脳の特定の部位を刺激するとその部位に固有の運動が生じることを明らかにしました。現代では許されない極めて乱暴な方法ですが、この研究で一挙に脳の機能学が進みました。それが脳の運動・感覚の投射図(ホモンクルス)です。図5に示します。
この図は感覚や運動が脳のどこ場所で処理されているのかを示しています。感覚の鋭い部位や細かな動きをする部位、顔や手指には広い範囲が関与し、粗い動きしかしない足趾では狭い範囲しか割り当てられていないことが解ります。
さらに、世界大戦を通じて銃弾で創傷を受ける兵士が多くなり、その分析で脳の機能局在がさらに明らかになってきました。
(2)現在行われている方法
現在、脳機能の局在を調べる方法はいくつかありますが、全て非観血的、つまり被験者に苦痛を与えない方法で行われています。
現在行われている方法を図7にまとめました。
現在多く使われているのはFunctional MRIと光トポグラフィー法です。前者は外から刺激(光や音、音読、描画など)を与えてその刺激で脳の血流がどこに集まるかを観る方法です。血流が増えた場所では赤血球が集まるので、赤血球の中のヘモグロビン(Hb)に強い磁気を与えて仮視化する方法です。大変優れた方法ですが、MRIでの測定なので、一定の時間、筒の中で動くことが禁じられるので、乳幼児で解析するのは困難です。
いっぽう、光トポグラフィーは同じように刺激し、赤外線を当てます。脳機能が亢進した場所は酸素の消費が増し、赤外線に強く反応するのでそれを仮視化します。これを用いれば乳幼児の脳機能も調べることができます。最近は主に光トポグラフィーを使う方法が盛んに行われています。
光トポグラフィーによる測定は図8に示しました。
その他の方法ではPETを用いる方法があります。脳機能が亢進した場所ではエネルギーを使うのでグルコース(糖)の消費が増加します。予めグルコースに放射性同位元素をつけておき(指標)、体内に注入しそこから出る陽子を測定して仮視化する方法です。これの欠点はPETの機器が高価であること、放射性物質を体内に入れるということに欠点があります。
被験者にヘルメットようのものを被せて測定します
(日立評論2004年4月号より http://www.hitachi.co.jp/Sp/TJ/2004/hrn0401/highlight15.html)
意味のある言語(例えばさかな、ライオンなど)を聞かせた場合、意味が解らなくても成人と同じように、運動性言語野に相当する場所に反応が強く出た(赤が濃いほど活動が上昇していることを示す)。また、その言葉の逆語を聞かせたところ小さな反応がみられた。騒音を聞かせたところ、殆ど反応しなかった。この結果、生まれた直後でも一方、その言語音を逆回しに再生して聞かせた場合は、無音と同様小さな活動しか検出されなかった.この結果は、生まれた直後の新生児が、意味のある言語を聞き分ける能力を持っていることが分かった。
このように、これらの方法を使うと脳機能の差が一目瞭然で分かるのです。
3.脳の生理的な機能の実際
光トポグラフィーやPETなどでみた人の脳機能の実際をみてみましょう。
(1)アルツハイマー病の脳機能
図9はPETによって調べた認知症(アルツハイマー病)と正常成人の脳機能です
(脳の活動は赤が最高→黄→青色の順で下がります)
これで診ると、アルツハイマー病の患者さんでは健常人と較べて脳全体の機能が著しく落ちていることが分かります。
(2)学習における脳機能 -学習の能率を上げるには音読をするのがいい
学習している時の脳の働きはどうなっているのでしょう?
図10はそれぞれの学習の仕方でどのように脳が働いているかを光トポグラフィーで解析したものです
この図をみると、ただ考えているだけではあまり脳が働いていないことが分かります。また、ゲームなどをやっている時も意外に脳は働いていない。簡単な計算、それより何よりも本を音読している時に脳が活発に働いていることが分かります。
この結果を利用して認知症の訓練に本の音読が取り入れられています。認知症の訓練ばかりではなく、勉強のやり方のヒントにもなりますね?
(3)学習障害(読字障害)の訓練と脳機能
光トポグラフィーを用いた研究はかなり進んでいて、脳機能の解明に大きな足跡を残しつつあります。その一例として最近、増加傾向にある発達障害児への訓練が脳機能の改善に大きな効果があったという実験結果を以下に示します。
データは常磐大学人間科学部心理学科菅佐原博士がまとめられたものです。
先ず、ヒトの脳で文字の読みはどこで行われているのでしょうか?その答えは図11にあります。
読字は3カ所、左半球前頭野、同頭頂・側頭領域、後頭・側頭領域で行われているといわれています。そのうち、後者2領域が障害を起こすと読字障害が起きるといわれています。
Shaywitzらは読字障害を次のように定義しています(図12)
これを基にShaywitzら読字障害児と正常発達児との脳機能の比較を光トポグラフィーで解析しました(図13、2002年)
さらに詳しく診ると(図14)
すなわち、読み障害を持つ人はその機能障害を本来左半球で行う機能を右半球で補助し、非常に努力して読もうとしていることがこの光トポグラフィーからうかがえます。
このような人は訓練で良くなるのでしょうか?
同じく、Shaywitzらはこれらの児童を個別に訓練(指導)し、普通に指導されている群とどのように改善するか観察しています。
その実験方法は図15に示します。
訓練を1日50分行い、8ヶ月後にその改善を評価するという方法を繰り返しました。その際、同時に光トポグラフィーで脳機能を測定しました。
その結果は図16です。
図16で示すように驚くべきことに、読字障害はその訓練の期間に相応して改善し、ほぼ正常発達児の脳機能の水準に達したというのです。すなわち、学習障害があっても、訓練によって充分正常の域に達することが可能であるというデータです。同時に読字というヒトの脳機能を司る場所とその障害の際に生じる脳機能の詳細が明らかになりました。
全ての発達障害で同じように改善するかどうか分かりませんが、明らかに一部の障害では訓練が功を奏するということを客観的に示すものとして注目されます。
4.記憶について
さて、ややこしい話をしたので話題を変えましょう。記憶の話です。
記憶には一体どういう種類があるのでしょう?
(1)「短期記憶」、これは非常に短い、記憶力が薄い部分の記憶です。例えば、痛いなどの感覚記憶。それから電話番号など
(2)「長期記憶」には【1】陳述性記憶(エピソード記憶)があり、一度でも体験したことは、もう生涯忘れられないというのものです。それから【2】非陳述性記憶(手続き記憶)があります。例えば自転車に乗るとか、スキーの技術を覚えてるということで一旦覚えると、長期にわたってやらなくても今まで通りできるというものです。
(3)「作業記憶」。これは、これがヒト脳の高次機能と関連するものでに知識として持っているものとか、客観的な事実ということを認識しているということです。
図17にそのあらましをイラストで示しました。
意味記憶というのがヒト脳の高次機能と関連しています。
記憶を含めた高次機能は神経回路が発達し、各連合野(図2)が互いに関連しあって確立していきます(図18)。
神経回路は神経細胞の神経突起が互いに連結して確立していきます(図19)
図20は実際に大脳で観察される神経細胞とその突起です。
記憶を増すためにはこの神経回路を学習によって増やす必要があります(図21)
因みに「知恵が発達する」ということも連合野間の神経回路が成立することによって生じます(図22)
知恵とは推論、言語、感覚統合の総和と考えられます。推論は前頭連合野、言語は言語野、感覚統合は側頭野ないし後頭野で司どられます。そして、それぞれの場所が神経回路で結ばれることによって発達し続けるのです。