私たちの身体の不思議

人の脳の不思議 人の脳の構造と機能その1

われわれが、物を見て、それに対して何らかの反応をするというのは、どういう経路で成り立っているのでしょう。
ここではヒトの神経の構造と機能について話をします。

1.ものを見て、反応する

普段に何気なく使っている携帯を例にとって話を進めます。
今、携帯から音または振動が出たとします。その時、われわれはどのようなそれに気がついて、携帯の操作をします。
その時のわれわれの神経はどのように反応しているのでしょう?
それを示したのが図1です。

図1 ヒトの神経系 ―情報の伝達と行動(全体的な流れ)-

つまり、感覚器である眼または耳で感じた情報を感覚神経(求心路)で脊髄を介して、大脳へ送られ、そこで何が起きたか知り、判断し、その結果として行動を起こすために運動路(遠心路)を通じて筋肉へその命令が伝えられ体が動くということです。

では、われわれの身体の中にはどのような神経があるのでしょう?
図2を見てください。

図2 ヒトの神経系

ヒトの神経系は以下のものから成り立っています。
1)中枢神経
  脳(大脳、延髄、小脳、脊髄など)
2)末梢神経
  ① 体性神経
  ・脳神経
  ・脊髄神経
  ・より末梢の運動・感覚神経
  ② 自律神経
   ・交感神経
   ・副交感神経

2.ニューロンについて -情報伝達(神経興奮の伝導)の道具

このような情報の伝達はニューロンという細胞で行われます。
図3はニューロンの構造です。

図3 ニューロンの構造

ニューロンとは神経細胞のことです。ニューロンは樹状突起のある細胞体とそこから長く伸びる軸索とからできています。これらが一体となっていて、大きな細胞です。軸索の中を情報が通ります(伝導)。その末梢にはシナプスがあり、それで隣り合ったニューロンと繋がりあって、その情報を伝達します。 シナプスには情報を伝達する神経伝達物質があります。アセチルコリン、ノルアドレナリンなどです。これらの情報は100m/秒の早さで伝わります。

情報伝達(刺激の興奮という)を担う軸索の詳しい構造をみてみましょう(図4)

図4 軸索の構造

電線に相当する軸索はむき出しの無髄神経と髄鞘(ミエリン)というもので覆われている有髄神経の2種類があります。有髄神経はシュワン細胞が作る髄鞘で囲まれていますが、
所々、髄鞘が途切れる場所があります。この場所をランビエ絞輪と呼んでいます。有髄神経での神経の興奮はランビエ絞輪をあたかもコリントゲームのように飛び飛びに進みます。連続的に伝導する無髄神経より速く情報が伝わることになります。
図4の右端にあるように特急と鈍行列車或いは飛行機と船のスピードの違いを連想してください。因みに有髄神経の速いものでは70~120m/秒、無髄神経0.5~2m/秒で、かなり違いがあります。有髄神経には運動神経、感覚神経でも触覚、圧覚など。無髄神経には痛覚、交感神経があります。

3.大脳の感覚野、運動野

図5は大脳の場所とそれぞれの機能を示したものです。

図5 大脳機能の所在

このように末梢から伝えられた情報は先ず、大脳の天辺にある感覚野にいきます。そして、大脳各部でその情報がどんなものであるのか分析されます。
感覚言語野(ウエルニッケ中枢)ではそれが何であるのかを判断し、運動言語野(ブローカの中枢)ではそれを口に出して喋ることを司ります。
何らかの原因でウエルニッケの中枢が破壊されると見たり、聞いたりしたものが何であるのか理解できない。ブローカの中枢がやられると解っていてもそれを口に出すことができなくなります。
そのように処理をされた情報は運動野に伝えられ、運動神経(遠心路)を介して実際に身体を動かす筋肉に命令が伝えられるのです。
大脳の細かい機能はブロードマンによって明らかにされ、図示されています。
→ウィキペディア「ブロードマンの脳地図」

図6 感覚野と運動野の部位別局在

図6は感覚野、運動野における身体部位の投射図です。どこの場所の感覚や運動がどこで処理されているのかを示しています。
これで、見ると感覚の鋭い部位や細かな動きをする部位、すなわち顔や手指には広い範囲がわりあてられ、粗い動きをする足趾では狭い範囲しか割り当てられていないことが解ります。

4.ヒト脳の構造

ヒト脳の構造と脳の系統発生を見てみましょう

図7 ヒト脳と系統発生

図7右側にヒト大脳のおよその区分を示しました。大脳は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉に分かれます。
図7左側に脳の系統発生を示してあります。
魚類から爬虫類では生存するために必要な脳幹や小脳は発達しているが大脳の発達は殆ど認められません。

図8 ヒト脳の断面

図8はヒト脳の断面像です。

図7で示すようにほ乳類であるウサギ、ネコでは幾分大脳の発達が見られますが、発達している部位はヒト脳の大脳辺縁系(旧皮質ともいう)に相当する領域のみです。
大脳辺縁系は扁桃体、海馬、視床下部、乳頭を含み情動、食欲、性欲など本能に基づく行動を司る場所です。
ヒト脳ではこのような大脳辺縁系の外側に大脳皮質が広い面積を占め、連合野という部が著しく発達しているのが特徴です。
その場所で高次機能が行われているのです。

5.ヒト脳の高次機能  ―連合野―

ヒトの脳は他の動物とは異なった脳構造を示します。
大脳の大部分を占める連合野の存在です。ここで、ヒトの人たる所以の高次機能が営まれているのです。

図9 ヒト大脳の連合野

図9にヒト大脳の連合野の構造を示します。
連合野はヒト脳の、実に75%を占め、前頭連合野、頭頂連合野、側頭連合野に分かれています。
前頭連合野では知識、判断、行動、人格
側頭連合野では視覚刺激に基づく記憶
頭頂連合野では自分がどのような空間的位置にあるのか、
をそれぞれ認識する機能をもっています。

それぞれの連合野の機能が統合され、人独特の認知行動が生み出されるのです。

では、われわれはものを見て行動するまでに大脳のどの部分を使っているのでしょうか?

図10

トンボを発見して、それを捕まえようとする単純な行動でも多くの脳の部分を使っているのがよく解ります。
生理的脳機能の可視化は放射性同位元素を使って測定する時代から、機能的MRI、光脳機能イメージング(光トポグラフィー)という手法を用いて、被験者に大きなな負担をかけることなしに病的な状態を含めて容易に、且つ明瞭に捉えられるものへと進歩しています。
これらについては別な項を設けて話をしたいと思います。

6.ヒト脳の発達

では、このような脳の構造はどのように発達するのでしょう?
ヒトの発生過程で脳は神経上皮細胞の発生による神経管が発生し、それが頭側に伸び末梢が膨大して大脳になります。その間、神経芽細胞が妊娠7週頃から活発に増殖します。そして、大体の構造は妊娠17週頃に完成します。

図11 新生児と成人の脳 マクロ
図12 図11の横断面

図11および図12に新生児の脳のマクロを示しました。
新生児の脳は大きさも成人に較べると遙かに小さいですが、手に取ると軟らかく、崩れそうになります。
図12はその割面(固定後)です。これで見ると構造が明らかに異なるのが解ります。すなわち、成人の脳は白質と灰白質の区別がはっきりしているのに、新生児の脳はその区別が解りません。因みに白質には神経細胞、つまりニューロンの細胞体が、灰白質にはニューロンの軸索、言い換えると神経線維が見られます。
脳の神経細胞は生まれると細胞分裂をしないので、その数は成人になっても増えることはありませんが、神経線維が非常に発達し伸びるのです。

その様子は図13を見ればよく解ります。

図13 大脳の灰白質・白質の構造 新生児と成人の脳の比較

7.神経回路(ネットワーク)の形成

前項で述べたように神経線維は生まれた後に発達する。言い換えると神経の機能を司る神経回路(神経ネットワーク)は生まれてから発達します。ヒト脳の高次機能の発達は生後にどんどん発達成熟するのです。

図13は神経線維を選択的に染め分けるLFB-HE 染色の所見です。
新生児の脳では青く染まる神経線維が殆どないのに対して、成人の脳では白質にLHBによく染まる神経線維が豊富に認められます。
このように、神経線維というのは生まれてから後に発達してくるのです。

大胆にいうと脳は「氏より育ち」ということになります。

図14 神経回路イラスト

図14は神経回路を示すイラストです。神経細胞は一個の細胞から多くの突起や線維を出し、お互いに繋がっている。これが神経回路なのです。そしてこの回路が形成されることによって人独特の高次機能が発達していくのです。

図15 同ミクロ(Bodian染色)

図15はヒト大脳のミクロです。茶色の細胞が大脳神経細胞、黒い線状の構造が神経線維を表します。
このように神経細胞体から伸びる神経線維がお互いに連絡しあうことによって大脳の神経回路が完成するのです。

まとめる、と図16のようになります。

図16

「脳の可塑性」という言葉があります。
脳の神経回路は老齢に入っても発達し続けます。高齢になる神経細胞は減っていきますが、それを補って生き残った神経細胞から神経線維が伸びます。
また、何らかの原因(脳卒中や交通事故など)で脳損傷を受けてもリハビリをやることによって、それを補う神経回路が発達する。それが脳の可塑性なのです。

次回はその他の脳および神経の機能と構造について話をします。