食べるということ -その1 生きるためのエネルギーはどのようして得るか-
植物は生育するためのエネルギーを太陽からの光を受けて、自ら作ることができます。光合成と呼ばれているものです。しかし、われわれヒトは生きるためのエネルギーを自分で作ることはできません。外から食物を摂り、それを体内で消化、分解、吸収し自分のものに作り替え、エネルギーや自分自身の身体の構成成分にします。すなわち、生きるとは食べることだと言うことができます。では、どのような仕組みで食べ物を消化・吸収し身体をつくり、それを動かすエネルギーにしているのでしょう。
1.エネルギーとは? 自動車にたとえると
自動車はエンジンをガソリンによって駆動させ、その力で車輪を回します。また、エンジンの調子を整えるためにエンジンオイルを注入します。ヒトの場合、身体を作り、動くために食べ物を食べ、その中から必要な栄養素を取り込みます。図1は各々の栄養素がどのような機能を果たしているのかを自動車のエンジンやガソリンに例えて示したものです。

図1 栄養素とその働き
赤は自動車のエンジンに相当する身体の骨や筋肉を示しています。
身体を構成しているものはたんぱく質や脂肪(脂質)です。たんぱく質は20種のアミノ酸からできていますが、そのうち9種類のアミノ酸(バリン ロイシン イソロイシン フェニルアラニン メチオニン リジン
トリプトファン ヒスチジン スレオニン)はヒト体内で合成することができないので食物から摂らなければなりません。必須アミノ酸と呼ばれているものです。因みに体内で合成できる非必須アミノ酸はアスパラギン アスパラギン酸 アルギニン グルタミン グルタミン酸 グリシン
プロリン オルニチン チロシン セリン アラニンの11種です。
それを動かすガソリンに相当するものが炭水化物と脂質です。エネルギーとして使われるのですが、炭水化物は1gあたり4キロカロリー、脂肪は1あたり9kcalです。脂肪の方がエネルギー効率が良いのですが、食べて直ぐにエネルギーとして使えるのは炭水化物です。これについては後に話します。
エンジンはガソリンがあるだけでは回転させることはできません。エンジンオイルなどエンジンを円滑に回すために必要なものがあります。われわれの身体にも同様なものは必要です。それがNa、Kなどのミネラルおよびビタミンです。
2.エネルギーを生むのに一番効率の良いのは炭水化物です
では、エネルギーはどのようにして生むことができるのでしょう。因みにエネルギーはATP(アデノシン3リン酸)という物質で担われています。つまり、ATPを作るために食べるということになります
ATPがどのような役割を持つか図2に概略を示します。

図2 ATPの役割
ATPからADPになる際にリン酸(P)が放出されます。それがエネルギーの素です。そのATPを生むしくみはどのようになっているのでしょう。その概略は図3に示しました。

図3 エネルギーを生むしくみ
先ほど述べたように、エネルギーの元になるのは炭水化物、脂肪です。 食べ物から摂った炭水化物はグルコースに分解されて(後述)血液の中に入り(血糖)、細胞へ到達します。細胞に入ったグルコースは細胞質で解糖系というシステムで先ず1分子のATPを生みます。その後、ピルビン酸を経てアセチルCoAとなり、ミトコンドリア(細胞内小器官の一つ)の中でクエン酸回路(TCAサイクル)に入り、酸素を使って15分子のATPを産生します。一方、脂肪は小腸で消化、合成され中性脂肪になります(後述)。その内、脂肪酸がエネルギーとして使われますがグルコースのように直接ATPを生むことはできません。図3で示したように細胞内でクエン酸回路に入るためにはβ酸化という過程を経ないとATPを生み出すクエン酸回路に入ることができません。よく言われている「脂肪を燃やす」というのがこのβ酸化に相当します。エネルギーに使ったあまりはグリコーゲンとして肝臓や筋肉に蓄えられます。グルコースは分解しやすく、蓄えることができません。そして、必要なとき(就寝中や飢餓の際)に肝臓のグルコーゲンが糖新生という過程を経て、グルコースに変えられるのです。また、余った脂肪は中性脂肪として脂肪組織に沈着します。因みに肥満はエネルギー過剰状態(過食)によってグルコース→グルコーゲン→中性脂肪→脂肪細胞の増加という過程を経るのです。
3.脳はエネルギーとしてグルコースしか使わない
脳はエネルギーとしてグルコースしか使いません。図4に示します。

図4 脳の活動とグルコース
脳はエネルギーを最も食います。全体の約1/4のエネルギーは脳で消費されます。つまり、1日に120gのグルコースが必要で、白米にすると178gが必要ということになります。もちろん、寝ている間も脳は働いているので、その際には肝臓で溜められたグルコーゲンをグルコースにして凌いでいるのです(糖新生という)。
4.食べ物の消化と吸収
われわれが食べたものはどのように消化・吸収されエネルギーや身体の構成成分に変えられのでしょうか?消化・吸収については既に身体の不思議の消化器系でお話をしましたが、もう一度ここでも簡単に述べておきます。
まず、われわれの消化管の特徴を下等動物であるヒトデと比べてみましょう。

図5 ヒトとヒトデ
ヒトデでは食べる口と出す口は一緒です。ヒトでは勿論、食べる場所と出る場所は違います。消化管は図6で示すように「ちくわ」のように中が中空です。

図6 ヒトの消化管
中空の消化管と関連して、消化液を出す唾液腺、膵臓、および肝臓(消化液)がそれぞれの場所に管で繋がっています。肝臓は消化管で消化・吸収された栄養素を自分(ヒト)のものに再合成したり、溜めたりするために門脈という血管で結ばれています。
消化管や消化器
(1) 消化液は一日に7~10リットルも出る
食べ物は口から入って、要らなくなったものだけが肛門から便として出ます。その間、消化と吸収が起きるのですが、そのために消化液が成人で実に7~10リットルも出ます。
その内訳を図7に示します。

図7 消化液が1日に出る量
(2) 唾液腺
唾液腺では消化酵素アミラーゼが分泌され、歯によって咀嚼された食べ物とよく混ざりあって、炭水化物を多糖類や二糖類に分解します。
(3) 胃
胃では図8のように3種類の細胞からそれぞれ消化液などが出て、ペプシノーゲンを胃酸(塩酸)でペプシンに変え、タンパク質を変性し、ペプチドに分解します。その他、壁細胞から分泌される内因子は赤血球を増やすために使われるビタミンB12の回腸での吸収を助けます。

図8 胃の構造と消化
(4) 胃液の分泌は脳が関与する
胃液は一日2リットル分泌されて、食べ物を強くかき回し、粥状にします。
胃液の分泌は脳の働きと大いに関係するのです(図8a)

図8a 胃液分泌のしくみ
胃の詳しい構造と機能はこちら(胃の構造 ミクロ)
われわれヒトは見たり、その臭いを感じるだけで、その食べ物が何であるか記憶の引き出しから情報を取り出し、迷走神経が働いて胃液が分泌されます。実際に味わうと胃液の分泌が増します。つまり、カレーを見ただけで既にあなたの胃からは胃液が出始めるのです。さらに食べ物が胃に入ると胃の幽門部にあるG細胞からガストリンというホルモンが出て、胃液が分泌されます(図8b)。

図8b 胃幽門部のガストリン分泌細胞(免疫染色)
茶色に染まっているのがガストリンを分泌している細胞
(5) 小腸
小腸は十二指腸、空腸、回腸からなり全長6m、消化吸収の90%はここで行われます。既に述べたように粘膜ひだ、絨毛、微絨毛(刷子縁)などの隆起構造によって粘膜の表面積を増し、吸収率を高めています(図9)。

図9 小腸の構造
小腸で本格的な消化・吸収が行われます。
小腸の詳しい構造はこちら(小腸のミクロ、機能)
(6) 小腸で行われる消化の消化酵素は膵臓および肝臓で作られる
小腸で炭水化物、タンパク質、脂肪の本格的な消化・吸収が行われますが、その主役は膵臓から出る膵液です。膵液には図10で示すような消化液(消化酵素)が出ます。因みに、膵臓からは血糖を調整するホルモン、インスリン、グルカゴンを出す内分泌細胞もあります。消化酵素を出す細胞は外分泌細胞です。膵臓は長さが20cm、幅4cm大の黄色い臓器で、胃の裏側にあり、頭は十二指腸、尾部は脾臓と接しています。

図10 膵臓から出る消化酵素とホルモン
胆汁は肝臓で作られ、胆嚢で溜められます。そして必要な分量だけ胆管を介して十二指腸のファーター乳頭(Vater乳頭)から膵液と一緒に分泌されます。
5.小腸での消化・吸収のしくみ
小腸(主に空腸)での消化・吸収のしくみを少し詳しく説明します。
その全体像は図11です。

図11 膵臓から出る消化酵素とホルモン
ちょっと複雑な図ですが、よくご覧下さい。
先ず、消化には機械消化と化学消化があります。機械消化は歯で食べ物をかみ砕くことです。化学消化とは消化酵素で消化されることです。
管内消化とは膵臓から出る消化酵素によって小腸内で消化されること。膜消化とは小腸上皮細胞の細胞膜で最終的に消化分解されることを指します。
先ず、唾液で多糖類まで分解された炭水化物は膵臓から出るアミラーゼによって二糖類である麦芽糖に分解され、さらに小腸上皮細胞でマルターゼによってグルコースなどの単糖となって血液に入り(血糖という)、全身にまわり、細胞がエネルギー源として使います。また、同時に門脈を経て肝臓に送られます。タンパク質はペプチドまで胃で分解されたものがトリプシン、キモトリプシンまで分解され、オリゴペプチドになり、さらに小腸上皮細胞にあるアミノペプチダーゼでアミノ酸に分解され、門脈を経て肝臓に送られます(図12に詳しい図があります)。
一方、脂肪は胆汁によって消化しやすく乳化され、先ず管内消化でグリセリン、脂肪酸、モノグリセリドに分解され、上皮細胞で中性脂肪に再合成され、水に溶けるようにアポプロテインと結合し、カイロミクロン(脂肪滴)となってリンパ管に入ります(図13に詳しい図)。すなわちそれぞれの栄養素は血管、リンパ管と異なった脈管に入って全身にデリバリーされるのです。

図12 タンパク質の消化(分解)

図13 脂肪の分解→合成
栄養素の消化・吸収は空腸と回腸で行われますが、異なった場所で異なった栄養素が吸収されます。
空腸で吸収されるもの:グルコースなどの単糖類、脂肪(モノグリセリド、脂肪酸、グリセロール)コレステロール、アミノ酸、ペプチド(アミノ酸がいくつか繋がったもの)、ビタミン、鉄、カルシウム、水、亜鉛
回腸で吸収されるもの:胆汁酸、ビタミンB12、ミネラル、水
6.腸は第二の脳
このように食物が消化吸収されますが、それぞれの場所でタイミング良く消化液が得るしくみはどのようになっているのでしょうか?
消化液の調整は先ほどの迷走神経と消化管ホルンによって行われます。
その概略は図14に示しました。

図14
図13とともにご覧下さい。
先述したように、胃では胃液にある塩酸によって食べ物は強い酸性になっています。胃での消化が終わった食べ物は蠕動運動によって十二指腸に送られます。しかし、十二指腸以下の小腸では酸性の食物を消化することができませんので、中和しなければなりません。中和は膵液の中に含まれるHCO3—によって生じます。十二指腸に酸性の食べ物が触れると十二指腸腺の一部からセクレチンというホルモンが出て、それが膵臓に働きHCO3—の分泌を促進します。さらに、十二指腸腺細胞からはコレシストキニン(CCSK)が分泌され膵液の分泌や胆嚢の就職に働きます(図15)。このように、胃および小腸は食べ物の消化吸収に極めた精緻なコントロールを行っているのです。まさに、腸は第二の脳です。

図15 十二指腸腺細胞からでるコレシストキニン(CCSK)(免疫染色)
茶色に染まっているのがCCSK産生細胞
次回は吸収された栄養素がどのようにわれわれの身体の構成成分になるのか、食べるということは五感で行うということなどについて話をします。